2013年8月14日水曜日

新・日本紀行(118)銚子 「天保水滸伝」








 新・日本紀行(118)銚子 「天保水滸伝」 






銚子の隣は「飯岡町」(現、旭市)である。

利根川筋は「東海道」や「上州」と並んで国内でも三大博徒の地と言われている。 

この辺りは「」が無際限の獲れるところであり、鰯は食料以外にも畑などの肥料など、その利用価値は多い。 
元々が水運の地でもあり、物や金が動く。 
こんな場所に彼等は群がり、博徒や親分衆が目を付けつたのである。 
そこには特殊な人間関係が生じ、義理や人情と言った風土を作り上げていったのも確かであろう。


時は江戸天保時代、利根川沿いの江戸へ行き交う船で賑わう地域、相模の国の出身「飯岡の助五郎」は、出稼ぎ先の飯岡の漁港で網元として成功し、九十九里の飯岡を根拠に博徒の親分としても下総一帯に勢力を誇っていた。 
しかも、博徒でありながら、十手持ちでもあった。

一方、利根川沿いの東庄(とうのしょう)の「笹川の繁蔵」は、代々醤油と酢の醸造で功を成した村きっての物持ちでありながら、笹川の賭場を仕切り、下総一体に勢力を示し笹川一家を張る侠客でもあった。 

繁蔵が勢力を増すに従い、助五郎も黙ってはいない。 
お互いの勢力範囲が近接している所から、両者の間には小競り合いが続き互いに反目しあっていた。
そして天保年間、飯岡と笹川が遂に大利根河原での果し合いが始まったのである・・!!。

浪曲や講談でお馴染みの御存知・「天保水滸伝」は、飯岡助五郎と笹川繁蔵、二人の侠客の勢力争いの物語である。

浪曲・『天保水滸伝』 玉川勝太郎

♪♪♪・・・♪♪♪・・・♪♪、
利根の川風袂に入れて、月に棹さす高瀬舟
ひとめ関の戸 叩くは川の
水にせかるる 杭などに
恋の八月 大利根月夜
佐原囃子の 音も冴え渡り
葦の葉末に 露おく頃は
飛ぶや、蛍のそこかしこ
潮来あやめの なつかしさ
わたしゃ九十九里 荒浜育ち
と言って鰯の子ではない
義理にゃ強いが 情けにゃ弱い
されば天保十二年、抜けば玉散る長脇差
赤い血抹を しとどに浴びて
飯岡・笹川両身内
名代ならりける 大喧嘩
伝え伝えし 水滸伝
・・・・・・
♪♪♪・・・♪♪♪・・・♪♪、


次回は、九十九里・「伊能忠敬





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