2013年8月14日水曜日

新・日本紀行(118)銚子 「醤油と鰯・Ⅱ」





 新・日本紀行(118)銚子 「醤油と鰯・Ⅱ」 



ところで銚子は古くから「醤油」の町として知られる。

近世、房総の地へ関西人の移住が盛んになり、江戸中期には紀州から「浜口儀兵衛」が移ってきて、銚子に醤油の醸造を広めたとされる。 
その元禄期前後には、銚子の醤油産業が大いに発展したとされている。

銚子の利根川は江戸期、江戸~銚子間の利根水運が開かれ、東北地方の米・物産などを江戸に運ぶ重要な中継港として発展してきたことは、先に述べたが、水運利用の隆盛を背景に、醤油醸造と漁業が飛躍的に伸びたとされている。 

醤油の起こりは、元は味噌の製法から発明されたという。

紀州・由良町の僧侶・覚心が修行中の中国から我が国に初めて味噌及びその製法を伝え、味噌の製造過程で溜醤油(たまりじょうゆ)が発生、これを精製したのが醤油といわれる。 
醤油は近隣に広まり、後に、隣町である湯浅町の浜口儀兵衛が房総・銚子へ移住して広まったという。 


現在は街中にヤマサ醤油工場、ヒゲタ醤油工場が有る。
キッコ-マンの始祖となる茂木家、高梨家が野田で醤油を始めるのは17世紀頃で、銚子より遅れること半世紀たってからであるとか。

関東平野の川筋では、原料となる大豆や小麦、塩が近在で採れ、湿った川風が醤油つくりに適していたと言われる。 
材料も、製品も運ぶのには川が活躍し、更に、江戸川の整備が進むと、野田から日本橋までは半日で届いたといわれ、これで野田の醤油も勝機をつかみ今日に至っている。 

因みに、醤油を「むらさき」と呼んでいたのは、江戸時代に紫色を珍重する気風があり、同じく似たような色で貴重品であった醤油をそう呼ぶようになったとされているが。



江戸末期には、「イワシ」の大豊漁が続き、大いに沸き立つ中、「大漁祭」が行われるようになった。 
その祭のときに歌われたのが「大漁節」で、千葉県を代表する民謡の一つとして知られる。

正調 大漁節』 千葉県民謡

一つとせ 一番づつに積み立てて 川口押込む大矢声
二つとせ ふたまの沖から外川まで つづいてよせ来る大鰯
三つとせ 皆一同にまねをあげ 通わせ船のにぎやかさ
・ ・・
・ ・・
十とせ 十をかさねて百となる 千をとびこす萬両年



次回、天保水滸伝






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