2009年5月18日月曜日

日本周遊紀行(25) 「世界遺産 白神山地2」

日本周遊紀行(25) 「世界遺産 白神山地2」


五能線・「十二湖」駅・・、

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五能線・旧十二湖駅 (現在の駅舎は2005年3月に新装建て替えられている)

国道へ戻って気が付いたら、すぐ近くの五能線に「十二湖」という小屋風の無人駅が有った。
現在の三角屋根の真新しい駅舎は、旧岩崎村が十二湖観光の拠点施設として新たに駅舎を建設し、産直施設などを新たに設けている。
駅前は、十二湖行きのバスが運行されている。

「十二湖」は、江戸時代・宝永元年(1704年)この地を襲った大地震によって沢がせき止められ、地盤が陥没して形成されたといわれている。 その時できた湖沼は33を数えたが、崩山の頂上から眺めると、小さい池は森の中に隠れ、大きな池だけが12見えたことから、「十二湖」といわれるようになたという。
十二湖は780ヘクタールという広大な森が、本来の姿のまま保護され植物の種類の豊富さは、全国的にも稀に見るものとなっていて、近隣はブナ林が密集し、それらの水分の含有量が多いため、自然の造った水桶あるいはダム、しかも自然の浄化装置を持つ、水質の良い水が各所で湧き出している。湖の総数は約30以上在り、それぞれ透明度は高い。
十二湖は、地域としては世界遺産の核心部や緩衝地域には含まれていないが、世界遺産を取り巻く環境としては充分にその価値はある。

因みに、「十三湖」というのが、この先津軽半島の市浦村にあるが、あちらは湖の数とは無縁のようである。 尚、これから訪れる予定でもある。


さて、世界遺産のことであるが・・、

平成5年(1993年)「屋久島」と共に、世界遺産(自然遺産)に登録された。 
その地域は、十二湖の奥まったところの「崩山」地区よりほぼ東南の地域一帯を指していて、中央部の核心地域と周辺の緩衝地域に分かれ、これらの地域は世界遺産登録時より以降は開発を行わず、現状のまま保護される事になっている。


白神山地が世界遺産に登録される過程・・、
それは、県の小さな自然保護団体が、「林道工事の差し止め」の請求を営林事務所や関係機関に請願したのがキッカケであった。自然保護団体が白神山地保護運動に取り組んだのは、白神山地を縦断する青秋林道(青森県西目屋村-秋田県八森町間29.6キロ、事業主体は青秋両県)の計画が明らかになったことがきっかけとなった。

青秋林道は・・、◎ 
過疎に苦しむ青秋県境一帯の町村の活性化につながる
◎ これまであまり伐採の手が入っていなかった白神山地のブナを利用する
などを目的に、1978年頃から具体化に向けて動きだしていた。 

この動きは、青森、秋田両県民はほとんど知らなかったが、1982年に着工する段になって自然保護団体の知るところとなった。 まず敏感に反応したのが、秋田県の保護団体だった。 
『林道は青秋県境を通ることになっているが、土砂が粕毛川(秋田県側)に流入する恐れがある。そうすれば、生活用水に支障をきたし、ダムの能力が低下する。自分たちの水を守らなければならない』として立ち上がり1982年5月、関係機関に林道の見直しを求めた。 水を守ることを柱に、ブナ原生林の保護を訴えたのだった。 青森県側も、これに呼応し同年7月から保護運動を始めた。

両保護団体の主張は・・、
◎ 世界最大規模のブナ原生林に人手を加えると、学術的価値を損なう
◎ 地形が急峻なので人手を加えると斜面崩壊や土石流が発生する恐れがある
◎ 1年の半分以上が雪で使えない道は、当局が言うような経済効果や文化交流が期待できない
◎ 雪で林道が壊れることは必至で、毎年の維持費がかかりすぎる
などだった。

しかし事業主体の青秋両県は、林道の必要性を主張し、保護団体の訴えを聞き入れず、既に、工事は着工されていた。
この自然保護運動の動きに柔軟に対応したのが、青森県知事だった。 知事は1987年11月、『青秋林道建設でメリットが得られるのかどうか判断がつかない。 林道反対意見を無視することが無いようにしたい』と発言した。 事業者の一方の責任者である知事の発言は重く、林道建設に限りなく消極的であることを意味していた。 この発言は、諸々の諸機関に影響を与え始め、流れは自然保護への高まりが決定的になった。 

これらの動きを見て林野庁は1990年、白神山地の中核部を森林生態系保護地域に設定した。このことは林道工事は勿論、地域内での営利的な施業は出来なくなり、これで完全に青秋林道建設中止が決まり、白神山地が守られることになったのである。
この流れで国は1992年、白神山地を自然環境保全地域に指定し、更に、ユネスコは1993年、白神山地を屋久島とともに世界遺産に登録した。

青秋林道建設反対運動が起こった当時、林野庁の手で林道計画が自動的に廃案になるとはだれもが予想していなかったことだし、ましてや世界遺産にまで「出世」するとは、誰にも考えは及ばないことであった。
ふるさとの原生林を守りたい、という素朴な気持ちで地元民から生まれた保護運動。この小さな芽が全国の世論を動かし、ついには国や世界を動かしたのである。 このような例はかつて無く、「白神」はわが国自然保護運動史と共に、世界自然遺産という輝かしい歴史的な1ページを残したことになる。

生活の場としての白神山地・・、
唯、白神山地は世界遺産に登録されるずっと以前から、周辺の町や村の住民にいろいろな恵みを与えてきた。 世界遺産になったからと言って、地域の住民から既得権や生活権を奪ってしまうのは余りにも杓子定規であろう。

林業で生計を立てている人もいるし、山菜取りもいる。 「マタギなどは大昔から白神のブナ林で生活」してきているのである。 それらの人達が白神山地を荒らしたと言う話は聞かない。それどころか白神の山をうまく利用し、共存共栄してきたことは明白な事実であろう。
問題なのは他の地域から山に入るマナーの悪い人達ではないのだろうか。 そのような一部の心無い人達のために、先祖代々営々と山との良い関係を築いてきた地域の人達から、山との係わり合いを断ち切ってしまう様な権限はだれももっていないのである。

「世界遺産」とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて、世界遺産リストに登録された遺跡や景観そして自然などである。 人類が共有すべき普遍的な価値をもつものを指し、文化遺産と自然遺産及び文化と自然の複合遺産の3つに大別される。 なお、白神山地は、文化遺産である法隆寺地域の仏教建造物、姫路城、屋久島とともに、日本で最初に世界遺産として登録されている。


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