日本周遊紀行(112)北茨城 「天心と雨情」
国道6号線は、美しい勿来の海岸を見ながら「茨城県」に入る。
県境でもある「北茨城」には、景観な五浦海岸(いづらかいがん)があり、日本美術界の重鎮、「岡倉天心」が居を構えたところでも知られる。
明治中期頃までは辺鄙な地ではあるが、太平洋を臨む風光明媚で変化に富む景観地でもある。この地に魅了され、住居の東側の崖の上に朱塗りの「六角堂」(観瀾亭)を建てたのが天心であった。
荒磯の先端に立つ六角堂
天心は、この六角堂に後輩の「横山大観」等を呼んで美術論、文芸論に興じ研究し、雄大な海の色彩や怒涛渦巻く波の形の絵画を生んだのはこの地であった。
又、明治初期、新政府の神仏分離令によって廃仏棄釈が盛んになり、仏像等の美術品が破壊され、また海外に流出していったが、この時いち早く反対し、古美術の保存、保護に尽力したのも「天心」だったという。
五浦を出て、JR磯原駅前へ至る。
こちらは童謡作家として一世を風靡した「野口雨情」の生誕地である。
『 童謡とは、童心より流れて、童心をうたう自然詩である。童心とは、天より与えられた純真無垢なもので、全愛の心をもち、もののあはれを感ずるものである。詩とは、言葉の音楽で読んで味わうものではなく、うたうものである。 民謡とは、民族生活の情緒をつたふ唯一の郷土詩であり、土の自然詩である。 』
・・と、雨情は言っている。
野口雨情記念館とすぐ近隣にある生誕地
「赤とんぼ」、「シャボン玉」、「七つの子」、「青い目の人形」、「赤い靴」、「雨降りお月さん」・・そして「船頭小唄」等々・・お馴染みである。
我々幼少の頃は学校で唱歌の時間に多くの童謡を教わり、心に馴染み、口ずさんでいたものだが・・、今の子供たちはどうなんだろう・・?。
雨情の童謡は、日本の情景や日本人の情緒に、溢れんばかりの情愛を感ずる。
純真無垢な子供達に、是非、これらの童謡を聞かせて、口ずさんでほしいものだ・・。
そういえば、「シャボン玉」のことをを知ってますか・・?、
「屋根まで飛んで壊れて消えた・・」・・、とあるが、雨情の長女が病気のため二歳で亡くなり、その想いを詩にしたそうです。
野口雨情は生涯に2000余の詩を作っているが、童謡ばかりでなく、ご当地ソングといわれる民謡や学校校歌なども多数ある。
童謡・『七つの子』 野口雨情作詞・本居長世作曲
烏 なぜ啼くの 烏は山に
可愛七つの 子があるからよ
可愛 可愛と烏は啼くの
可愛 可愛と啼くんだよ
山の古巣に 行つて見て御覧
丸い眼をした いい子だよ
次回は、日立
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