2016年3月24日木曜日

25、世界遺産;厳島神社の仮説  「厳島神社;普陀山と清盛の関係」







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中国・普陀山と平清盛の野望と信仰

穏やかな瀬戸内の海に浮かぶ朱塗りの神殿・世界遺産 厳島神社です。
築かれたのは今から800年ほど前、平安時代の寝殿造りの建築美で、世界遺産のその登録理由は、「自然と一体となった社殿は唯一無二」のもので、日本人の美意識の基準となっています。

史上例のない大胆な発想で行われた海上神殿の建設、その偉業はひとりの男によってなされたのであった。 其れは平安時代、武家の棟梁として最大の権力を誇った平清盛なのです。

平家の武力で瀬戸内海を制して大躍進を遂げていった清盛、其の平家の棟梁が安芸の宮島に(厳島)に平家一門の繁栄を願い、海上神殿を築きました。


平清盛とはどのような男だったのでしょうか・・?。
武士として生まれた清盛は、瀬戸内の海で名を挙げ、海賊たちを武力で制圧、「武士が世の中を変える」世界を作りました。
しかし、清盛がなぜ海上神殿を築いたのか・・?、その謎はハッキリとは明らかにされていませんが、一般的な説として中国、現在の宋にあったとされているのです。


何故、どのようにして海上神殿を築いたのでしょうか・・?。

其れは、清盛の野望は中国(当時の宋)との貿易にに合ったとされています。 

そして、清盛は併せて仏教の信者でもあり、観音信仰という当時の貴族たちの現世利益的な観音信仰への傾倒は衰えることなく、事あるごとに観音に祈願して現世利益を得ようとした。 
そしてこの時期と同時に、平清盛もこれ倣って観音信仰を施したとされています。

この時期の観音信仰は、阿弥陀信仰に代表される来世の浄土を求める信仰への橋渡しを担う役割を果たしていたともされ、清盛は其れを具体的な形で仏教の聖地・中国の普陀山に求めたのであった。


次回、「厳島神社;中国貿易と仏教」

  
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