2015年2月26日木曜日

新・日本紀行(30)長島 「三川合流地の因縁」 


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 新・日本紀行(30)長島 「三川合流地の因縁」 







壮絶な「治水工事」の歴史的事実

名古屋城からは都市圏の高速道を利用し、そのまま湾岸道から三重方面を目指す。
弥富を過ぎると「木曽川」の長い橋梁を渡り、中州の・・?の長島地区から今度は揖斐川(長良川)の大河を過ぎる。

長良川、揖斐川は一体のようであるが、実際は中州の仕切りがしてあり、この中州は、この辺りから上流へ向って「千本松原」が緑豊かに延びている。
昨日通って来た駿河の原海岸に在る「千本松原」もそれなりの歴史があったが、こちらはそれのも増して過酷な重い歴史を背負っていた・・!!。


この三つの大河川は、濃尾平坦地で複雑に絡み合っているのが実情のようだ。
先ず、木曽川は長野県木曽郡木祖村の鉢盛山(2,446メートル)南方を水源とし、南西に流れている。  下流域ではかつて揖斐川、長良川と急接近し、合流・分流しながら伊勢湾に注ぐ。
長良川(ながらがわ)は、岐阜県郡上市の大日ヶ岳に源を発し、三重県を経て揖斐川と合流している。
又、揖斐川は岐阜県揖斐郡揖斐川町の冠山に源を発し、おおむね南流しながら、途中一部木曽川、長良川と平行して流れ、河口附近の三重県桑名市で長良川と合流、そのまま伊勢湾に注ぐ。

揖斐川及び長良川とも、河川法上では木曽川水系に包括されていて、水系全体の流域面積は全国5位の広さに相当し、長野、岐阜、愛知、三重、滋賀の5県にまたがっている。
なお、揖斐川と長良川は河口直前で合流し、揖斐川の名称で木曽川とは別に伊勢湾に注いでいる。 

河川は、江戸期以降何度となく改修工事が繰り返され、現在では分離・分流されて伊勢湾に注いでいるが、その中で所謂、輪中(水災を防ぐため一個もしくは数個の村落を堤防で囲み、水防協同体を形成したもの。岐阜県南部の木曾・長良・揖斐の三川の下流平野に形成されたものは有名)と呼ばれる集落も発達した。
輪中の代表格が三重県の長島輪中、他に上流部・岐阜県側の高須輪中、大垣輪中、墨俣輪中などがある。


この木曾三川と言われる大河川は、下流部においては急接近して流れていたため洪水が絶えなかった。 そのため、江戸時代から明治時代にかけ歴史に残る大掛かりな治水工事が行われたことは歴史上有名である。
特に、「宝暦治水」と「明治の改修・三川分流」の改修工事が有名で、「宝暦治水」というのは、歴史にその名を残した壮絶な工事であったという。


次回も 三川合流地の因縁






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