2015年1月14日水曜日

新・日本紀行(7)下田 「ハリスとお吉」







 新・日本紀行(7)下田 「ハリスとお吉」 




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幕末開国の歴史の中心舞台となり、ハリスがアメリカ総領事を置いた「玉泉寺・本堂」と隣接するハリス記念館




総領事官・ハリス

先刻、通ったR135より爪木崎方面へ向かう途中に「玉泉寺」があった。 
先の了仙寺とは対照的に人っ子一人居ない静寂の寺院であり、門前に” 安政年間・日本最初・米国領事館 ”の石碑があり、石段を登った本堂右手に「ハリス記念館」があった。 


ペリーが去って、1856年7月、日米和親条約の規定に基づき初代日本総領事「ハリス」が下田に着任し、この玉泉寺に日本最初の米総領事館が設置された。
それから3年もの間オランダ人通訳・ヒュースケンと共に下田に滞在し通商条約締結に向けての幕府との交渉に臨む。
そして、翌1857年に下田協約(日米通貨協定、領事裁判権等)を結ぶ。


又、初め江戸入府を許可されなかったが、後に許されて陸路天城を越えて(前に記した天城峠越え)江戸城へと向かう。

ハリスは外国人としては初めて将軍・家定に拝謁し、家定は「 遠方からの書簡、又、口上、満足である。幾久しく交友したいと大統領に申し上げてもらいたい 」と述べている。
その後、幕府と根気強く条約交渉を進めた結果、1858年6月日「米修好通商条約」を横浜艦上で調印することに成功する。 




ハリスは実は親日家であったという。

ハリスの滞在日記『ハリス日本滞在記』の中で「 私は、日本人は喜望峰以東のいかなる民族より優秀であることを、繰り返し云う。日本の国民に、その器用さと勤勉さを行使することを許しさえするならば、日本は遠からずして偉大な、強力な国家となるであろう」と記している。 

日本人を「特異で、半ば野蛮な国民」と称したペリーとは大違いである。



唐人お吉

下田一と評判の高い芸妓だった「お吉」が、17歳でハリスの世話人として上がる。
病弱で動けなくなったハリスは、身の回りの世話をしてくれる女性を幕府に要求していた。
幕府は交渉を優位に進めようと政略をもってお吉を送り込むが、そのことを知ったハリスは激怒し、3日で帰宅させてしまう。

その後、ハリスの人柄も聞かされ、支度金として受け取った25両のこともあって、改めて彼女の家族側から領事館にお願いし、奉公することになった。

ハリスに仕えた期間はほんの僅かだったが、その後のお吉は不運だった。
唐人」とののしられ蔑まれて、その後三島や横浜と移流する。


後には下田での商売はうまくいかず酒に溺れて、遂に明治24年豪雨の夜、下田・蓮台寺の稲生沢川の淵に身を投じ自らの命を絶っている。

波瀾にみちた51年の生涯は、あまりにも哀しい終幕で、この事件は幕末開国に伴う一悲話として小説や芝居の題材にもなっている。
お吉は身よりもなく「宝福寺」の住職に法名を戴き境内に厚く葬られた。


先代の水谷八重子の舞台が評判になったのをきっかけに、芸能人達によって墓石も寄進され、法要祭は下田の女連によって今でも行われている。

宝福寺は下田駅と了仙寺の中間、通称「まいまい通り」に在る。


引続き「下田」である。







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