2013年8月9日金曜日

新・日本紀行(118)銚子 「坂東太郎・利根川概要・Ⅲ」






   
新・日本紀行

 新・日本紀行(118)銚子 「坂東太郎・利根川概要・Ⅲ」 




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間もなく太平洋に注ぐ利根川水域、その河口に架かる銚子大橋。 左は旧橋が老巧化のため2010年度完成の新大橋





ところで、利根川は「坂東太郎」(ばんどうたろう)の異名を持ち、「筑紫次郎」(九州・筑後川、「筑紫三郎」といわれる場合も)、「四国三郎」(吉野川・「四国次郎」といわれる場合も)とともに日本三大暴れ川の一つに上げられる。  

名称のについては、いくつかの説があるが、アイヌ語の「トンナイ」に由来するなどが有力とされ、「トンナイ」は巨大な谷を意味するという。 

なお、利根川の名称が出てくる最初の文献「万葉集」には、「刀禰(トネ)」と記されているという。


鬼怒川や渡良瀬川(わたらせがわ)など名だたる多くの支流をもち、中下流域の千葉県最西北端の関宿町(現野田市)、埼玉県五霞町辺りでは、利根川本流を「江戸川」に分流して、これまた日本一の関東平野の大きな流域を潤し、首都圏の上水道を支えている。

又、水力発電としても利根川は有力な河川であり、上越国境の群馬県も発電事業の促進を図り、五十里(いかり)・川俣(かわまた)・矢木沢(やぎさわ)・藤原・草木(くさき)など多くの多目的ダムが築かれ,県内の多くのダムに発電所を建設して電力需要の確保を図っている。 
これら総合開発によって利根川は、各県と共有しながら首都圏の水需要と電力需要に欠かせない「日本の大動脈」となっている。



ところで、かつては利根川の河口は東京湾に注いでいたらしい。 

それに、今では利根川の支流となっている渡良瀬川や鬼怒川も、かっては独立した河川であったという。
特に、江戸(現在の東京)に政治の中心が移ってからは、利根川の治水は最重要課題の一つであった。


江戸幕府は、食糧を賄うための新田の開墾、舟運の開発と安定化、水害の軽減、飲料水の確保などを目的として、利根川を渡良瀬川筋に、更に常陸利根川筋に・・・と、少しずつ東に付け替える大工事を実施している。 


治水上の関係で最終的には利根川の本流、流路が銚子方向に確定したのは明治時代に入ってからであった。 

この川の流れを強引に変えて、銚子から太平洋に流すようにした大事業は、世に云う「利根川の東遷」と呼ばれている。 

その歴史は、徳川家康が江戸入府してから4年後の1594年に開始されたと記録に残り、最終的な拡幅は明治期になってからとか。 



流域は東京都、群馬県、千葉県、茨城県、栃木県、埼玉県の1都5県にまたがり、流域内には約1,200万人もの人口を擁し、利根川はその基盤となる生命の水を常に与え続けているのである。


引き続き「銚子




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