2013年7月30日火曜日

新・日本紀行(116)鹿島 「鹿島神宮の要石宮・Ⅱ」



新日本紀行


 新・日本紀行(116)鹿島 「鹿島神宮の要石宮・Ⅱ」 






鹿島神宮の「要石宮」を詠った歌句に、


 『 揺ぐとも よもや抜けじの 要石 
            鹿島の神の あらん限りは
 』




大昔は地震は、地中に住む怪物蟲の仕業であるとの解釈もされていたようで、その蟲がいつのまにか地震を予知できる「なまず」に置き換えて考えられるようになったという伝承もある。


小生の知ってるもう一つに、旧東海道の宿場・沼津の先に「原」の宿が在る。 
今の東海道線の原駅近く「千本松原」で有名なところだが、この松原の一角に「要石神社」というのがある。 

東海地方を襲った安政の大地震の時、東海、関東地方は地震と津波により大災害を発生させたが、ここ「原の宿場」は地震、津波とも全く無害だったと言われる。 
鹿島、原には要石といわれる大岩魁が、地表露出部こそ小さいが地中部では連なっているともいわれる。

昨今、東海、関東地域における地震予測が公表されているが、一度、原の「要石神社」にも、お参りしなくてはと思うが・・。


蛇足ながら・・、

実は小生、西日本周遊の旅に出て間もなく、千本松原のこの千本街道を通っていたが、残念ながら要石神社のことは記憶の外にあってお参りしていなかったのである。 
あの時は当地でも名の有る松蔭寺という古刹に立寄ったのであった。 ところで、拙宅の檀家寺は臨済宗妙心寺派で京都の妙心寺に本山を置くが、この禅宗・臨済宗の寺院を起こしたのが当地出身で臨済宗「中興の祖」といわれる「白隠禅師」であり、この地域の原駅近くの「松蔭寺」の出身でもある。



 『 駿河には 過ぎたるものが 二つあり 
             富士のお山と 原の白隠
 』

と詠われ慕われている。

当地で生まれ、幼少より聡明で15歳で松蔭寺にて出家、19歳で諸国行脚の旅に出て修行を重ね、やがて五百年に一人の名僧と言われる臨済禅・中興の祖と仰がれる。 
明治天皇より「正宗国師」の諡号を送られている。


次は、水郷の里・「潮来」





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01. 15.

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