2013年7月2日火曜日

新・日本紀行(113)日立 「水木浜」






 新・日本紀行(113)日立 「水木浜」 






紙の町・高萩の沿岸から十王町、日立市に入った。
十王町は本年(2004年)、日立市と合併し新日立市になっている。 
お馴染みの総合メーカーである日立製作所は、ここが発祥の地である。 

往時の日立の山地は銅鉱石の産地であり、明治期、殖産興業、軍事増産の掛け声で、「日立鉱山」として発足し、採鉱、精錬を開始している。 
「日立鉱山」を取り巻く電気、機械の修理部門だった各工場が、自社製品の開発、販売にのりだし、そして独立したのが日立製作所である。 

現在は日立グループとして、家電関係はもとより、ITやバイオテクノロジー、ナノテクノロジーなどの最先端技術や知識を結集し、次世代の中核事業を担っている。



又、「日立」は太平洋戦争に過酷な歴史を体験した。

昭和10年代、日立鉱山と日立製作所は益々発展する中、世間は軍事色が強まってくる。 
同社の金属製造、加工技術は次第に軍事関連へと向かい、戦争関連産業の拠点になっていった。

太平洋戦争に突入した日本は昭和20年には沖縄占領、東京大空襲、広島・長崎への原爆投下等敗色が濃厚になってゆく。 
そんな最中(さなか)、軍事産業都市の日立も、当然攻撃目標の対象になった。 

米軍の艦砲射撃、爆撃攻撃は激しく、全市街地の約7割が焦土と化し、壊滅的な打撃を受け、1500人を超える市民の命を失ったという。 

当時、小生の故郷「いわき湯本」でも艦砲射撃の音と、燃え上がる日立の街の様子が確認出来たという。



市街地の北部、国道6号線に沿って「神峰公園」がある。 
高台、丘陵地にあって太平洋の展望がすこぶる良く、動物園、遊園地、レジャーランドなど市民の憩いの場所になっている。

ここの一角に神峰神社があり、立派な石造りの階段の上に本殿、拝殿が鎮座している。 
創建は、室町中期(1428年)とされ、祭神は日本創生の神、伊邪那岐命(イザナギ)・伊邪那美命(イザナミ)を祀る。

こちらの社殿及び山頂社から眺める大洋もすこぶる良い。
江戸期の1695年、徳川光圀候が神峰神社に参拝した時、海上から朝日の昇る様子を観て、『朝日の立ち上る様は領内随一』として、一帯を日が立ち上る地・「日立」と命名したといわれる。 

無論、日立は常陸(ひたち)の国からきていることは疑いの余地がない。

徳川光圀(とくがわみつくに)といえば、・・三つ葉葵の紋所が描かれた印籠を見せて「控え居ろう・・!!、この紋所が目に入らぬか」と曰く、御存じ「水戸黄門」のことである。 

尚、光圀候のことは水戸の項で述べることにする。



次回、 日立 「水木浜・Ⅱ」 





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