2012年5月14日月曜日

新・日本紀行(7)白馬 「塩の道・千国街道」

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 新・日本紀行(7)白馬 「塩の道・千国街道」 









白馬村の塩の道に奉げられる案内板と昔を偲ぶ道祖神、石仏群



「塩の道・千国街道」とは

千国街道の「千国」とは、現在の長野県小谷村の一部であって、明治期まで千国村と称していた。 現在地域名としては存在していないが、JR大糸線(大町~糸魚川)の駅名として千国駅が存在する。
 
「塩の道・千国街道」は、新潟県糸魚川から長野県松本までの旧道のことで、現在では、国道147・148号線の約130kmを指し、そして鉄道ではJR大糸線がその役目をひきついでいる。
 
近世では、海側からは海産物(主に塩・魚)、山側からは麻・たばこ・生薬・大豆などの生産物である生活必需品の流通路として使われていた。

本来「塩の道」というのは岩塩のない日本では海でとれた塩を内陸に運ぶための道のことを言い、海岸から内陸にむかって国内各地に「塩の道」があった。
特に信州では、太平洋側から入る塩のことを「上塩」とか「南塩」と言い、主に岩淵(富士川)、吉田(豊橋)、名古屋、江戸から運ばれました。
日本海側から入る塩のことは「下塩」とか「北塩」と呼ばれ、富山(針ノ木峠経由)、糸魚川、直江津、新潟から運ばれた。

そして、上塩と下塩との移入路のターミナルには「塩尻」という地名がつけられたと言われている。
有名な塩尻市をはじめ、上田市塩尻、下水内郡栄村などの地名が残る。
 

更に、「千国街道」の歴史を遡ると、石器時代には既に開かれていたとも言われている。
長野県和田峠で採掘された黒曜石(ガラスとよく似た性質を持ち、割ると非常に鋭い破断面を示すことから先史時代より世界各地でナイフや鏃:やじり、槍の穂先などの石器として長く使用された。産地として、長野県では霧ヶ峰周辺や和田峠が有名)が日本海側の遺跡で発見されたり、新潟県糸魚川市の姫川流域でとれる翡翠(ひすい・勾玉の原料)が長野県の遺跡で発見されている。

これはこの時代から日本海側と長野県を通じる道があったと推定され、中間の長野県大町市から翡翠を加工する工房跡も発見されていたことからも、この一筋の道(千国街道)によって物資が流通していたことが判る。
 
又、古事記に基ずく神話等によれば、大国主命と奴奈川姫(ヌナガワヒメ)の子、建御名方命(タケミナカタ・諏訪神社の祭神)が出雲国から逃げて諏訪に行ったのも、この道を使ったと考えられている。
大陸から出雲の国へもたらされた金属や医薬の製品や知識と、越後・姫川の玉(翡翠、ヒスイ)の交流、さらに越後と諏訪がすでにこの道によって結ばれていることを物語っている。(時代的には4世紀と考えられるそうです)
 

更に、安曇野に入りその地方に稲作をもたらしたと言われる安曇族は、もともと北九州を根拠地としていたらしい。
アルプスの守り神とされる「穂高神社」の縁起略記によると、安曇族は海神系の宗族として北九州に起こり、海運を司ることで早くから大陸との交渉を持ち、文化の高い氏族として栄えていた。
その後豊かな土地を求め、海路日本海を経て越の国(富山、新潟)に上陸、更に信濃に入り信濃国を安住の地と定め、安曇野を開拓、稲作文化、鉄文化を普及した。
奈良時代前には高家郷、八原郷、前科郷、村上郷の四郷からなる安曇郡が成立している。
豪族・安曇族は、古事記にもその名が記されているが、この一族も日本海を北上して糸魚川からこの道を通って安曇地方に入ったと考えられている。
 

各地にある「塩の道」で、千国街道は信州でもっとも代表的な海岸と内陸部を結ぶ街道であり、歴史もあり、川中島の合戦のときに「上杉謙信が敵である甲斐の武田信玄に塩を送った」という逸話は前回述べたとおりである。
 

千国街道は、藩士たちの参勤交代の列が往来した五街道のようなメジャーな存在ではなく、物々交換の交易の道であり、「ごぜ」(瞽女とは、三味線を携え農村・山村を巡る盲目の女性遊行芸人で、ゴゼサン・ゴゼサなどと呼ばれた)や旅芸人集団が往来したり、長野の善光寺への参詣の人が往来するなど、どちらかと言えば「庶民の道」として発展してきた。
 
現在では国道147・148号線そしてJR大糸線(昭和32年全線開通)にそ座をゆずり、太平洋戦争後しばらくは生活物資を運んでいた「歩荷」(ぼっか;山岳のような体力的もしくは地勢的の難所において人間が背中に荷物を背負って徒歩で運搬することを言う)もいなくなり、旧道は現在、地元の生活道や林道、ハイキングコースとして使われている。


次回、小谷村





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