2012年5月15日火曜日

新・日本紀行(8)姫川 「稗田山崩れ」






 新・日本紀行(8)姫川 「稗田山崩れ」 




「日本三大崩れ」、というのをご存知であろうか・・?。

北アルプスの北端と妙高山系・雨飾山の山峡の狭い空間を一級河川の「姫川」の急流が流れている、そして、その河岸に道路、鉄道、民家がひしめきあっている。
姫川の源流域は白馬連峰に端を発する支流の松川・平川の扇状地が分布し、平坦な盆地(白馬盆地)を形成しているものの、流域の大半の地形は白馬岳をはじめとする標高2000mを超える山々が連なり非常に急峻である。 

水源は白馬村の親海湿原湧水群(日本100名水)といわれるが、元々の水源は青木湖であったとされ、佐野坂の地すべり堆積物によって堰き止められたと考えられている。 そのため、親海湿原の湧水は青木湖からの浸透水であるとの説もある。
全長わずか58キロで平均勾配1000分の13という急流であるため、度々洪水におそわれている。 
近年では平成7年(1995年) の大洪水の災害で姫川温泉が甚大な被害を受け、国道、JR大糸線がかなりに亘って流失寸断され長期不通となった。 又、翌年にはこの災害復旧工事中に土石流が発生し作業員14人が死亡している。


尚、この年に息子と白馬の大雪渓を登ったとき、あの白馬大雪渓が例の大雨の影響で完全に土砂で埋まっていたのを思い出した。
元より、日本は国土の約70%が山地であって、これらの山々は地質的にも脆弱な山域が多く、 火山や地震で大規模な崩壊を起こす山も数多くあるという。  主な大規模崩壊地としては、富山県「鳶山崩れ」、山梨県と静岡県の分水嶺・安倍川の 「大谷崩れ」、そして長野県「稗田山崩れ」を三大崩れと言うらしい・・。この崩壊は20世紀の日本における最大の崩壊ともいわれるという。



姫川中流域にある「稗田山崩れ」は、明治44年(1911年)、稗田山(ひえだやま・コルチナスキー場の北側)北側斜面が大崩壊し、大量の岩石土砂が支流の浦川を急流下して姫川河床に堆積し、高さ60m~65mの天然ダムを形成してしまったという。 堰き止められた姫川は「長瀬湖」と呼ばれる湖を出現させ、川沿いの集落で死者23名、負傷者・水没家屋多数などの甚大な被害を与えた。
この辺りの集落であった来馬地区の川原の下には、明治時代当時の宿場町が、今でもそのままの形で埋まっているといわれる。 
その前後の江戸期、昭和期のおいても数回に亘り浦川上流地区の稗田山系において土砂崩落があり、被害を出している。この辺りは、糸魚川・静岡構造線の断層地帯に含まれる、そのため脆弱な不安定な地形を形造っているという。 


この忌まわしい現場を1976年(昭和51年)、「幸田文」氏が72歳にして「稗田山大崩れ」を視察、見学している。 文氏は明治の文豪・幸田露伴の次女で、大沢崩れをはじめ全国の山河の崩壊地を訪ねて一種のルポルタージュ文学として『崩れ』を紹介している。72歳にして「崩れ」に興味を持ち、時には人の背を借りながらも取材を続け、文学者らしい表現で荒々しい崩落地の様子を記述してある。
普通、このようなつかみ所のない自然現象を文学者が書くとは想像し難く、老文学者で高齢の女性を掻き立てたエネルギーは何なのだろうかと。 生まれつき好奇心が強く、たまたま始めて見た崩壊地点の壮大さ、恐ろしさ、神々しさに気を取られたのかとも思う。 そして、あのお年でなお、あそこまで執着できたのかと尊敬する次第である。
「稗田山崩れ」の現場の途中には、幸田文による「歳月茫々脾」が、遭難稗と共に建立されている。



幸田 文氏の『崩れ』、「歳月茫々・・稗田山崩れ」の断片

 『この崩壊は稗田山北側が楕円形に、長さ8km、高さ河床から約300mのところまで、ほぼ1kmの厚さですべる落ち、その莫大な量の土砂が大音響とともに浦川の谷に落ち込み、浦川はたちまち埋め尽くされて新しい平原となり、稗田山はその北半分を失って全く原形を姿を止めぬ姿になってしまった。
更に、この新平原は下流に移動し、行く手にあるものは田畑も人家人命も、全て押しつぶし呑み込み、下敷きとしつつ、姫川本流へと直角に殺到し、勢いのあまり対岸の大絶壁に打ち当たると左右に分かれて堆積し、堆積のの長さ凡そ2km、高さ65mのも及び、ために姫川は堰きとめられて、冠水の長さ5kmという大きな湖を現出し、橋を壊し人家耕地を浸した。
 そのままにしておけば渦は上流へ拡がるので、水路を切って水を落したところ、まずい事に土砂交じりの濁水は沿岸を削って流れ、下流に氾濫し、町も美田も潰されて、惨憺たる河原へと変じた。(以上は村人による「小谷ものがたり」より)。
崩壊が始まって2度、3度しつこく続けられた災害である。破壊家屋27棟、失われた人命23人、10kmに亘って変貌した土地・・。 今この村を、集落を訪れても昔日の面影はない・・が、あの時埋まってしまった家々も、その家の人達も、今もってそのままになっています。 掘り起こす事の出来ないほどに、深く埋まったのです・、と村人が言う。
連れ立って話してくれる村の人は実直に、事の起こったことに対し「・・という話です、・・だそうです、・・らしいけれど 」という。 道野辺に生い茂る夏草は、いきおいよく鮮やかに青く、まことに歳月茫々の思いに打たれる。
だがここのそうした想いを、からりと晴れ上がるような、これまた感動の強い話を聞いた。 聞けばこの人今66歳、災害の時はお母さんの胎内の中、だったという。
稗田山の崩れは午前3時でまだ真っ暗、眠っていたお母さんはたぶん、ゴーッという土石流の轟音で驚いたろうが、その時はもう何が何だかわからないまま、その恐るべき土砂の流れに乗せられていた。 どういうわけでそうなったかわからない。ただ、土石流の上に乗ったまま流されて、対岸に打ち上げられ、無事みごとに助かったのである。 なぜ転々する土砂の上で、土中に巻き込まれる事なく、ふわふわと上表にいることができたのか、万雷のような大音響の流下の中でどうして錯乱もせずに無事にいられたのか、気丈でもでもあろうし、稀有な好運、奇蹟でもあろうか。
こんな怖い目にあったのは非運だが、それでいて無事に助かったのは、たいへんな隆盛運ともいえよう。 凶が吉に転じるのを、この母と子はいのちをもって体験したのである。
ここにこうして稀有の天助をうけた一人の人が、静かに落ち付いた暮らしを続けていると思うと、崩壊と荒涼と悲鳴ばかりを見歩いてきた私には、なにかしきりに有難くて、うれしくて、ほのぼのと身にしむ思いがあった。
 「 あの山肌からきた愁いと淋しさは、忘れようとして忘れられず、あの石の河に細く流れる流水のかなしさは、思い捨てようとして捨てきれず、しかもその日の帰途上ではすでに、山の崩れを川の荒れをいとおいくさえ思いはじめていたのだから、地表を割って芽は現われた、としか思えないのである・・、 』




後日であるが、幸田 文氏の『崩れ』を読み・・、そして、別宅・白馬の近くでもある、その現地を訪れてみた。

崩壊地手前の耕地の一角には崩壊に関する説明碑、幸田文氏の「崩れ」の碑文が在り、又、平成7年の大洪水の被害に関する記念碑も立っていた。
更に、山間の奥まった所、吊橋から稗田山塊と思しき上空をを見上げると、垂直の岩肌がいかにも陰惨に見える。 切り立った崩落部分は一山全山が崩れ落ちたのだろう、と想像させる程、周囲が大絶壁、断崖となって岩石というよりも茶色の土が露出しているのである。 見渡しても、何しろ視界の180度以上の山塊が崩壊しているのである。 撮影に際しては空から撮るか、よほどの広角レンズでもないと、まとめて撮れないくらいである。 自然の脅威に圧倒されるばかりであった・・!!。
吊り橋の手すりに寄りかかり谷底を見ると、余りの高さに怖さで身体が縮む想いであった。 

ところでこの吊り橋は、その後の日本列島に長大型橋の時代を迎えるが、その横浜ベイブリッジや瀬戸大橋を初めとする吊橋架橋の礎(もと)になったともいわれる。


次回は、「糸魚川






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