2009年5月26日火曜日

日本周遊紀行(28)市浦村 「十三湊・福島城址」

日本周遊紀行(28)市浦村 「十三湊・福島城址」

湖の北側に「十三福島城址」がある・・、

福島城は、三湖の北岸、標高20メートル程の台地上に位置し、城郭は一辺約1kmの三角形をしたもので、往時は城を取り巻く内郭、外郭は総面積62万㎡にも及ぶの壮大な規模であったという。
(その後の発掘調査で巨大城郭福島城については、通説に反して、「古代城柵」にも似た構造を持ち、平安中期の10世紀後半ころの築造である可能性が強くなったともいわれる。
城柵は、丘陵の突端などに空堀や土塁を築いたもが主体で、アイヌの「チャシ」などもこれに当たる。)


この福島城の築城は、藤原秀栄(ひでひさ:十三氏)であると言われる。
 
平泉の藤原基衡(もとひら)の次男・秀栄は、父基衡から津軽三郡をもらってこの「十三の地」の領主となり「福島城」を築いた・・、 秀栄は、後に「十三氏」と名乗っている。

基衛は、御存じ藤原三代の二代目で秀衡の父に当り、即ち、秀栄と秀衡は兄弟で、その弟に当るわけである。 
家督を継いだ秀衛は、中央政庁より49歳で鎮守府将軍に任じられているが、源義経を向い入れた為、その死後に頼朝によって、藤原三代は滅ぼされている。

一方、それ以前の平安期、「前九年の役」の源頼義によって厨川で滅ぼされた安倍一族は、落城直前に津軽に逃れ「藤崎」に住み、安東氏と称したことは・・、先に記した。
鎌倉初期に至って北条・幕府は、その安東氏を蝦夷地代官として任命し、津軽内陸を直轄領とする。
そのため安東氏は、藤崎(津軽平野)より十三(津軽半島)へ進出することになる。

必然・・、十三氏と安東氏は衝突することになる。

安東氏は、鎮圧の名目で北津軽へと進軍、同族といわれる十三氏と争うことになる。
これを「津軽・萩の台の合戦」といって、鎌倉初期の1229年の事であった。

結果は、安東氏が十三氏を破り、福島城と十三湊を治めたとされている。
福島城に根拠を持った安藤氏は、鎌倉時代から南北朝時代にかけては非常に広い範囲に影響力をもっていた豪族とされ、その勢力は北は北海道渡島半島、南は太平洋側の仙台湾・松島、日本海側の秋田男鹿半島、東は下北半島に及んでいたという。

安東氏の拠点・十三湊や福島城は、中国や沿海州・朝鮮とも交易していたのであり、日本海沿岸の諸国と交易していた事は、最近の発掘で大量の輸入陶器が出土したことにより示されている・・、この港の収益は莫大なものであったに違いない。この交易が安東氏の絶大な力の根源であった。

近々、城郭の遺跡からは、その国の人々の異人館やキリスト教会がなども発掘されているという。

時代は下って・・、
15世紀の室町中期、十三安東氏は、その後台頭してきた南部氏に敗れ蝦夷地・松前へ逃亡することになる。(蝦夷地・北海道で記載予定)

更に・・、
戦国期になって、南部氏の家臣で一族の大浦為信(津軽氏)が独立して津軽地方を平定し、「大浦氏」より再び「津軽氏」に改姓したことも、先に記したが・・、

いずれにしても津軽及び十三地方は、平安中期より安倍氏、藤原氏、安東氏など「前九年の役」の主役たちの流れた地であり、それも突然の大津波に襲われ一夜にしてその栄華は衰退し、十三湊で栄えた安東水軍もそれ以来勢いを失い、南部氏の侵攻などもあって遂にはこの地を追われることになる・・、時代は巡っているのである・・。

今の十三湖周辺は、かつての国際港の面影や威容を誇った城は、夢の跡が残るのみである。
だが、近年の発掘などにより、昔の姿もどんどん解ってきているという・・。

「十三の砂山」  津軽民謡

十三の砂山 ナーヤーエー
米ならよかろナ
西の弁財衆にゃエー
ただ積ましょ ただ積ましょ

弁財衆にゃナーヤーエー
弁財衆にゃ西のナ
西の弁財衆にゃエー
ただ積ましょ ただ積ましょ

十三を出るときゃ ナーヤーエー
涙が出たがナ
尾崎かわせばエー
先ゃいそぐ 先ゃいそぐ

「弁財衆」とは・・、 
江戸時代日本海を往来した商船、北前船のことを弁財船といい、江戸と大阪の二大中央市場を軸とする航路による経済発展に貢献した。
近世では、弁財船に乗っている船頭衆のことを弁財衆と称していたが、平安時代には、国領や荘園などに設けられた役職のことで、貢納された租米を計算し処理する役目の事であった。 

「砂が米なら、ただで砂山の米を積んでやろう」という歌詞には、弁財衆によって米を取り立てられる農民の苦しみを、コミカルに言い返しているという。


次は、竜飛・「竜飛崎」


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