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日本周遊紀行(128)千葉 「千葉城」
四層五階の「千葉城」って実際に在ったの・・?
今の千葉市に根拠を持った「千葉城」(別名、亥鼻城・いのはなじょう)は、源平争乱の時期、常胤の父・千葉常重によって築城されたといわれる。
当時の千葉城は都川の下流、東京湾に臨む「亥鼻丘」(千葉市亥鼻:いのはな)に築かれ、西は絶壁、北は都川が自然の水堀となり、南は細長い侵食谷、東は台地が続く天然の要塞であったという。
だが、城郭としての天守や石垣はなく、木造の城主館に櫓、矢倉、米倉などを配した典型的な中世期の城郭であったという。
その千葉城跡の遺構は今はほとんど残っておらず、土塁や堀切の一部にその面影を留めるのみであるという。
尚、亥鼻山の北側の麓には史跡・「お茶の水」という井戸がある。
千葉氏の祖・平良文(平安中期の武将、千葉氏を含む坂東八平氏の実質的な祖とされる)の子、忠頼が生まれた時にこの泉が湧き出しと伝えられ、以降、千葉氏は代々この水を産湯としたと伝えられる。
源頼朝が千葉城に立ち寄った時、千葉常胤はこの湧水で茶を献じたという。
現在、亥鼻丘の千葉城跡は「文化の森」と呼ばれ、市民の憩いの場所になっていて、園内には昭和42年に四層五階の天守が小田原城を模して築かれたという。
天守の前には千葉常胤の銅像が建つ。
しかし、今の模擬天守閣は、もちろん鎌倉から室町期においては、このような天守閣がありようはずもなく、復元ではなく近世の天守閣に擬した創作物であるとされている。
周辺には、北東の台地上に千葉大医学部があり、台地続きの南側に千葉県文化会館、千葉県立中央図書館、千葉城の西約400mの低地には千葉県庁などといった公共施設が多い。
ただ、前述したように、元々の千葉城は天守閣など持たない中世期の木造の平城であった。 従って、この四層五階の「千葉城郭」に関し史実とは異なるのではないか・・?、これは行政による偽造であり、捏造だと一部有識者が問題提起しているようである。
又、歴史の偽造を平気で行う当局・千葉市も問題であるが、それを批判しないで持ち上げるマスコミ・新聞もおかしいのではないか・・?、という批判も相次いだと言われる。
観光目的の見世物であり、似非物のお城だとすれば・・、これは一体どうなるのだろうか・・?。
千葉市繁華街中心、千葉駅東方に妙見様と言われる「千葉神社」がある。
初め、千葉氏の守護神である妙見菩薩を本尊とする寺院(千葉妙見宮)として建立されたもので、千葉氏宗家のみならず千葉氏一族の信仰が篤く、宗家の相続元服は代々この寺で行われたという。
また、千葉常胤の案内で同寺を参拝した事で知られる源頼朝からも手厚く保護されていたという。
江戸期までは、真言宗の寺院であったが、明治初年の神仏分離によって千葉神社となり、本尊も祭神:天之御中主大神(アメノミナカヌシノカミ:古事記でいう天地創造の神で、天孫降臨以前の高天原の最初の神とされる)に改められた。
ただし、妙見菩薩と天之御中主大神は長年、神仏習合によって同一とみなされてきた経緯があり、今日でも同社が「妙見信仰」として祀られている事には変わりがないという。
「妙見様」とは妙見菩薩のことで、北極星あるいは北斗七星を神格化した菩薩で人の福寿を増すといい、特に、眼病平癒を祈る妙見仏の本尊として広く信仰されているという。
千葉市内のもう一社:上総の国の「寒川神社」についても触れておこう。 我が相模の国(神奈川)の一宮である寒川神社とは兄弟神に当たるからである。
千葉市のほぼ中心地に寒川町(さむかわちょう:千葉市中央区寒川町)という地名があって、こじんまりではあるが「寒川神社」が鎮座している。
相模の寒川神社が元宮であろうといわれているが実際には不明だとか、元は明神社と云われて寒川地区の総鎮守であり、天照大神を主神に寒川比古命、寒川比女命を相神に祀っている。
天正19年(1591)徳川家康も社領十石を寄進していて、明治元年(1868)に社号を寒川神社に改めている。
尚、「寒川神社」とはどのような神社なのか・・?これらの詳細は私論を含めて「日本周遊紀行:西日本編」の「茅ヶ崎:寒川神社」の項に記載いたします。
更に、千葉についてだが・・、
戦国末期、豊臣秀吉が天下を統一すると、関東の地を徳川家康に与えている。
次いで家康が江戸に幕府を開くと、両翼とされる相模の国同様、「房総・千葉」は江戸のおひざ元として、経済的にも軍事的にも重要な地になった。
幕府は、当地に外様はもちろん譜代の藩も置かず、天領、旗本領として直轄支配していた。
こうして「千葉」は江戸幕府直轄地として発展し、現在に至っているのである。
次回は大東京、お江戸の象徴・「江戸城」
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