2016年5月2日月曜日

新・日本紀行(107)福岡 「黒田武士(Ⅱ)」



九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)





 新・日本紀行(107)福岡 「黒田武士(Ⅱ)」   






https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/thumb/b/bc/Kurodabushi.jpg/800px-Kurodabushi.jpg
博多駅前にある黒田武士;母里太兵衛の像




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酒はのめのめ のむならば、 日の本いちの この槍を・・、』 

JR博多駅の前に、母里太兵衛(ぼり たへえ)の銅像がある。
母里太兵衛と言えば、後藤又兵衛をはじめ「黒田八虎」と言われる内の一人に数えられ、勇将で槍術にすぐれた武将である。 
黒田長政が秀吉に従って伏見城にいた頃、親友である戦国大名の福島正則のところに太兵衛を使いにやった。

よく来た、さぁ一献つかわそう・・」と早速、酒を勧めてくる、正則も飲み、酔いにまかせ「さあもう一献、この杯の酒が呑めたら、お主の望む品をとらそう」と、五合ほどの酒がなみなみと注がれた大杯をさしだした。
酒豪で知られる黒田氏の武士に正則が酒を勧め、これを見事飲み干したため、褒美に殿様自慢の槍を貰うという逸話である。

この槍は日本号という名槍で、元は正親町(おうぎまち)天皇の所有されていたもので、信長、秀吉の手を経たのち正則が所有していた正則自慢の天下の名槍である。
太兵衛はこの槍をかつぎ、黒田藩歌の「筑前今様」を吟じながらゆうゆうと帰っていったという。
これが後に替え歌となり、現在謡われている「黒田節」に至るという。

この槍は、一時期、後藤又兵衛などの手に渡ったが、その後黒田家へ戻り、現在は百地浜の福岡タワー近く、福岡市博物館の中の黒田記念室で常設展示されている。
尚、前記の「漢委奴国王印」も国宝に指定され、同様に福岡市博物館所蔵(福岡藩主黒田家旧蔵)として常時展示されている。
司馬遼太郎が「播磨灘物語」で、黒田如水の事を書いている。

黒田節』 (福岡民謡)
酒は飲め飲め 飲むならば
日の本一の この槍を
飲み取るほどに 飲むならば
これぞまことの黒田武士

峰の嵐か 松風か
訪ぬる人の 琴の音か
駒ひきとめて 聞くほどに
爪音頻き(しるき) 想夫恋


次回は大宰府の「大宰府

  
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01. 15.

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