2015年8月30日日曜日

兵庫県・神戸 「有馬温泉・Ⅱ」








 兵庫県・神戸 「有馬温泉・Ⅱ」  









温泉寺











西宮へ至る六甲北道路を直進し、更に芦屋に至る芦有ドライブウェイを過ぎると間もなく「有馬温泉」である。

清らかな有馬川沿いを行くと風情のある朱色の太閤橋が見えた。 近くに神戸が始発の神戸電鉄有馬線・有馬温泉駅が伺える。 
主要道路は、温泉街の中心ともいえる善福寺の前あたりが、程よく行き止まりになっている。 車を置いて暫し

周辺の様子を確かめる、奥まった周辺は坂道の多い傾斜地に旅館やホテルが密集しているようだ。
左手に有馬温泉の名物湯「金の湯」が在ったが、残念ながら休館であった。 伺うと「銀の湯」は開業しているらしい。


有馬温泉の由来は神代の時代に遡るという、三古泉・三名泉の一つである。
孝徳天皇が妃ともに有馬温泉に滞在中、待望の皇子が生まれたので名を「有間」と名付けたといい、後の有馬皇子である。 

有間皇子は、大化の改新や皇位継承をめぐる複雑な争いの中で19歳の若さで散っていった悲運の人である。 日本書紀には、皇子は奇しくも紀州・白浜の湯で政変を企んだとのかどで絞首にされたと記されている。 奇しくも生死とも温泉に関係した皇子であった。


中世には清少納言は枕草子で有馬温泉に言及している。
太閤秀吉が愛した温泉地としても有名で、秀吉は有馬を何度も訪れている。
温泉寺の近くに「湯山御殿」を建てたと伝えられていたが,極楽寺本堂横の庫裏下から岩風呂や蒸し風呂,庭園跡などが発掘され、当時を偲ぶことが出来るという。 現在,太閤の湯殿館という資料館が開設され,遺構が保存されている。



大阪より1時間、神戸三宮より30分とアクセスも良く、関西の奥座敷として親しまれる。泉質は、含鉄強塩泉の金泉(金の湯)と呼ばれる赤褐色の湯と、無色の炭酸泉・銀泉(銀の湯)の2つ、交互に浸かれば相乗効果があると言われる。


車を池坊満月城ホテルの駐車場に預けて、先ずは銀の湯へ向かう。
西南の方向、温泉寺と念仏寺の急坂、階段を行く、有馬でも一等地の高台である。
この辺りは太閤秀吉が有馬を訪れていた頃は、足元から湯が湧き出していたと言われ、この温泉を「上之湯」とか「願の湯(ねがいのゆ)」と呼ばれていたらしい。

丁度この地に「太閤の湯殿館」というのが在り、秀吉の湯殿跡といわれるところらしい。
念仏寺は、太閤秀吉・北政所の別邸跡と言われる由緒ある寺院で、雰囲気も良く見晴らしも素晴らしい。



 次回、神戸 「有馬温泉・Ⅲ」  






 

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