2014年1月29日水曜日

新・日本紀行(129)東京 「江戸城城郭」(Ⅱ)







 新・日本紀行(129)東京 「江戸城城郭」(Ⅱ) 




http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/22/0000448622/77/img79e19fa3zikezj.jpeg


http://img2.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/62/eb/momonakai/folder/566975/img_566975_18033678_0?1291533104
現在の皇居の一角。
左側の高い方が本丸。左手前に富士見櫓。左奥に天守台が見えている。
右側が二の丸。現在は、宮内庁の施設が多い。





因みに、参勤交代で江戸城へ参じた各大名などによる本丸までの登城コースとしては、大手門⇒下乗橋⇒三の門⇒中の門⇒中雀門⇒玄関⇒本丸と、各橋を渡り各門を経て辿ることになる。

大名により異なるが、ランクにより大手門・下乗橋前で下馬(駕籠や馬から下りる)し、武家最上位の御三家でも中の門までで、玄関にまで乗り物を横付けできたのは朝廷からの勅使だけだったという。 

普通は大勢の家臣を持つ大名でも、付いてきた供の数も各門で減らされ、最終的に玄関から先は藩主か名代一人になったという。



城内を囲むお壕、所謂「内堀」は概ね現存するお壕で、日比谷門、馬場先門の在る日比谷壕から大手門、竹橋の竹橋門、武道館の在る田安門、千鳥が淵、半蔵門、桜田壕の桜田門などがある。 

一方、更に内堀から大名屋敷や町人その他の屋敷を取り囲む「外堀」は、東は江戸湾に面した浜御殿(浜離宮)から隅田川の両国、浅草、ここより山手線に沿った神田川が当時の外堀で、秋葉原近くの筋違御門、水道橋の小石川御門、飯田橋の牛込御門、市谷の市ヶ谷御門、四谷御門そして赤坂御門、溜池から虎ノ門、新橋に至るルートである。


又、この外堀には御門のほかに、三十六見附(みつけ:数の正確性は疑問)といわれる、所謂、敵の侵入を発見し、防ぐための構築物、見張り番所の城門がある。

現在でも「牛込見附」、「市ヶ谷見附」、「四谷見附」、「赤坂見附」の名称などは今も残っているのは周知である。


次回は、その「半蔵門




【小生の主な旅のリンク集】

《日本周遊紀行・投稿ブログ》
GoogleBlog(グーグル・ブログ)   FC2ブログ    seesaaブログ   FC2 H・P   gooブログ   忍者ブログ

《旅の紀行・記録集》
「旅行履歴」
日本周遊紀行「東日本編」   日本周遊紀行「西日本編」   日本周遊紀行 (こちらは別URLです)  日本温泉紀行 

【日本の世界遺産紀行】   北海道・知床   白神山地    紀伊山地の霊場と参詣道   安芸の宮島・厳島神社   石見銀山遺跡とその文化的景観   奥州・平泉   大日光紀行と世界遺産の2社1寺群   

東北紀行2010(内陸部)    ハワイ旅行2007   沖縄旅行2008   東北紀行2010   北海道道北旅行   北海道旅行2005   南紀旅行2002   日光讃歌



【山行記】

《山の紀行・記録集》
「山行履歴」   「立山・剣岳(1971年)」   白馬連峰登頂記(2004・8月)   八ヶ岳(1966年)   南ア・北岳(1969年)   南ア・仙丈ヶ岳(1976年)   南アルプス・鳳凰三山   北ア・槍-穂高(1968年)   谷川岳(1967年)   尾瀬紀行(1973年)   日光の山々   大菩薩峠紀行(1970年)   丹沢山(1969年)   西丹沢・大室山(1969年)   八ヶ岳越年登山(1969年)   奥秩父・金峰山(1972年)   西丹沢・檜洞丸(1970年)   丹沢、山迷記(1970年)   上高地・明神(2008年)

《山のエッセイ》
「山旅の記」   「山の歌」   「上高地雑感」   「上越国境・谷川岳」   「丹沢山塊」   「大菩薩峠」   「日光の自然」


01. 15.

Google Analytics トラッキング コード