2013年12月12日木曜日

新・日本紀行(128)千葉 「千葉・房総地方」


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 新・日本紀行(128)千葉 「千葉・房総地方」 




http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/37/BosoPeninsulaChibaJpLandsat.jpg/665px-BosoPeninsulaChibaJpLandsat.jpg







「千葉」の由来と千葉氏、上総氏・・、

アクアラインの「海ほたる」から周囲を眺めると大東京のビル群、左に横浜、川崎、そして直ぐ右手に隣接して千葉のタウンと日本の中心である大都市圏がパノラマに見渡せる。


チョット詮索して「千葉」の地名の由来について・・、
これは諸説あって古代のアイヌ語とか、安房の国の地勢や自然を形容して表現されたものとか、定説は確かでないようである。

房総の内陸地形は1000mを越えるような急峻な山岳地は存在しなく、せいぜい300m前後の山々というより低山か、高目の褶曲した丘陵地が連続している。
地図を眺めても、縦横に道路が走り交差していて、その間に広がる多くのゴルフ場などが点在し、その数は日本一を誇るともいう。
開発される前の大昔の千葉・房総は、時期ともなれば重畳たる緑の絨毯が広がっていたに相違ない。

」や「」に形容される言葉に、「千も万もない」、「あれやこれやと言うには及ばない」、「千も万も論は無用」という意味でもあろう。

房総」を形容すると、濃緑の葉の広がり繁る様はまさに「千・万の如し」なのである。 
この様な地域には自然発生的に「千葉」という語が生じたと考えれば、無理はないように思えるが・・?。 
しかし、「千葉」の語源を詮索しても、これは余り意味の成さないが、奈良期以前の書物や歌本にも「多くの葉が繁るところ」の意味合いで、「千葉」という形容言葉は使われていたようである。 
又、平安時代中期に作られた総合辞書で地名などが記載してある有名な「和名抄」(和名類聚抄:わみょうるいじゅしょうともいい、平安時代中期に作られた辞書)にも、「下総の国千葉郡千葉郷」と既に記されているという。

そして、この地域に既に在った「千葉」の名称によって、中世より在来した「千葉氏」が起こったとされるのは妥当であろう。



次回も千葉氏と上総氏







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