2013年9月22日日曜日

新・日本紀行(122)白浜 「八犬伝物語」



   
新・日本紀行    


 新・日本紀行(122)白浜 「八犬伝物語」 



里美家の八犬伝物語と「白浜町」・・、





里見氏代々の菩提寺「杖珠院本堂」



白浜町役場の北方台地、東西に分かれて白浜城址と杖珠院(じょうじゅいん)がある。
南総・里見氏の初代からの居城であり、叉、「杖珠院」は里美義実、成義、義通、義豊等、代々の菩提寺である。
里見氏といえば、滝沢馬琴の南総里見八犬伝のモデルになった戦国武将として有名であり、初代里見義実はこの杖珠院の墓に眠ってる。

室町中期、白浜・野島崎に上陸した里美義実は、白浜に居城をかまえて戦乱の房総を平定した。 現在でも、当時の城跡が残っているのである。



室町中期の15世紀半ば、足利政権が揺らぎ始め、世は乱世で群雄割拠、下克上の様相を呈し始めていた。

関東地方では、永享の乱(1437年、関東地方で発生した戦乱、鎌倉公方の足利持氏と関東管領の上杉憲実の対立に端を発する)続いて結城合戦(1440年に関東地方で起こった室町幕府と結城氏ら関東の諸豪族との間の戦い)が行われ、更に、享徳の乱(1455年)が続き、乱世の真っ只中であった。

「享徳の乱」では、鎌倉公方・足利成氏が関東管領上杉憲忠を暗殺した事に端を発し、鎌倉公方(幕府より派遣されてる出先機関、関東公方ともいう)が古河御所に逃れて古河公方と名乗って、関東管領上杉氏(公方を補佐する役職名)との全面戦争を引き起こす。
これは関東における内乱で、関東地方における戦国時代の遠因ともなったとされる。

里美家は源氏・新田氏の流れをくむ名家で、南北朝統一後にその一部が鎌倉公方に仕え、上野国・常陸国などに所領を与えられている。 
しかし里見家基(鎌倉公方・足利持氏の側近)が結城合戦において鎌倉公方方に付いたため、幕府軍の攻撃を受け一端は滅亡した。 
だが、一子里見義実は脱出して安房に流れ、そこで里見氏を再興することになる。

これを期に里見義実は、館山城主・安西景連の援助を得て白浜城・稲村城に拠点を得る。
この際、「享徳の乱」に乗じて従来、強固な支配体制を築いていた守護上杉氏の勢力支配を駆逐、切離し、安房国に進出、平定してその勢力を指揮下においた。 

ここで、里見氏は初代の安房の国の統治者になったのである。

次回、更に八犬伝物語・Ⅱ




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