2013年6月10日月曜日

新・日本紀行(111)いわき 「蛙の詩人・草野心平・Ⅱ」








 新・日本紀行(111)いわき 「蛙の詩人・草野心平・Ⅱ」  





この賢治のことをシンペイは、
現在の日本詩壇に天才がいるとしたなら、私はその名誉ある天才は宮沢賢治だと言いたい。世界の一流詩人に伍しても彼は断然異常な光を放っている。彼の存在は私に力を与える(中略)、私は今只、世間ではほとんど無名に近い一人のすばらしい詩人の存在を大声で叫びたいのである。(中略)今後、彼はどんな仕事をしていくか、恐るべき彼の未来を想うのは私にとって恐ろしい悦びである。 宮沢賢治の芸術は世界の第一級の芸術の一つである 』と断言している。


そして、若き天才・宮沢賢治の死後まもない昭和8年、「日本詩壇」に載ったシンペイが送った追悼文の末尾に、『 最後に一言ドナラしてもらえるならば、日本の原始から未来への一つの貫かれた詩史線上の一つに、類まれなる大光芒が「宮沢賢治」であることはもう断じて誰の異義をもはさめない、一つのガンとした現実である 』と書いている。   


宮沢賢治の偉大さと、又それを見抜いた草野心平の凄さがよく理解でき、草野心平はただ単なる「蛙の詩人」ではなく、彼こそ原始から未来への線上で大光芒を放つ詩人であり、世界に誇る哲学的詩人である。 

宮沢賢治と並ぶ、もう一人の「東北人らしい感性豊かな人の代表」なのである。



「草野心平」はただ単なる「蛙の詩人」ではない、偉大なる「蛙の詩人」なのである。

詩集「第百階級」の扉には、四行の題詞が書かれている。

「蛙はでつかい自然の讃嘆者である」
「蛙はどぶ臭いプロレタリヤトである」
「蛙は明朗性なアナルシストである」


そして、『 蛾を食ふ蛙はそのことのみによつて蛇に食はれる。人間は誰にも殺されないことによつて人間を殺す、この定義は悪魔だ。蛙をみて人間に不信任状を出したい僕は、それ故にのみ“かへる”を慈しみ、嫉妬の如き憎む 』とある。

かえる」は、自然の食物連鎖の中に組み込まれ、他の生物の食料になる可能性の中にいることが、他の生物を食料とすることの正当性がある。 


人間は自然の枠外に出て、しかも食物連鎖の頂点に立つ。 
もはや正当性はない。 
互いに殺しあうことによってのみ、その正当性を無理やり見出す。 
その幸、不幸を唱えるならば、悪夢を持たない「」のなんと幸福なこと・・!!と、「」を賛美しているのである。


次回、我等の先輩・草野心平





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